次の日私が出勤すると、彼はすぐに私のいる方へと足を進め、


『昨日はありがとう』と、ニッコリ微笑んだ。


『いえいえ、ごちそうさまでした』


私がそう返すと、彼は少しホッとした表情を浮かべ、


『良かったぁ、無視されたらどうしようかと思った』


と、くったくのない笑顔を見せた。


『何で無視するんですか?』と私が笑って言うと、


『手つながれたんが実は相当イヤで、無視したろみたいな感じやったらどうしようかなと思って』


彼はそう言って大きく頷いてみせた。


『そんなんで無視しないですよ』と、余裕ぶってみせたものの、


私の気持ちは大きく揺れていた。ドキドキしていた。


彼の顔を見ただけで嬉しくなる。鼓動が激しくなる。笑顔がこぼれる。


この気持ちが彼に伝わらないようにと、平然を装ってみた。


だけどそんな私の装いなんて全く無駄で、


『実久ちゃん顔真っ赤やで。どうしたん?可愛いな』


彼はからかうようにそう言って笑い、私の背中をポンと叩いた。


彼に叩かれた場所がやけに熱い。


彼の体温が伝わって来て、ますますドキドキした。


自分でもどんどん顔が熱く、赤くなるのが分かった。


それが恥ずかしくて顔を見せないようにと横を向くと、



『またご飯行こな』



彼が優しい口調で私に言い、私は少し彼の方に顔を向け、ゆっくりと頷いた。



好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。



......でも、ダメだ。


彼との未来はない。


彼は私のことを好きな訳じゃない。


彼には家庭があって、家族がいて、そんな毎日に少し慣れてしまって、誰かとちょっと遊びたいだけ。



深入りしてはいけない。


ただ、ご飯を一緒に食べるだけ。


ちょっと手をつなぐだけ。


ちょっと恋愛ごっこをしてみるだけ。


自分の心にしっかりそう言い聞かせて。



そしてまた......彼を好きになった。