功の性格からすると、選択肢のトップに自分の名前がでてくるのは名誉なことだと思ってしかるべきかも知れない。事実、功はそう思っていた。
しかし、入社後しばらくして、功は気付いた。自分には関係ないメールが次々に送られてくるのである。つまり、オートコンプリートの機能によって、選択肢が出てきたところでユーザがパソコンのエンターキーを押してしまうと、選択肢のトップ、つまり功の宛先が選択されてしまうのである。
本来ならば、選択肢の中から選ばなければ意味がないのだが、えてしてユーザというのは勝手な生き物である。いくつか選択肢が出てきて、その中に目的の宛先を発見したところで安心してしまい、選びもせずにエンターキーを押してしまうのだろう。まったく迷惑な話だ。
便利な機能を濫用して他人に迷惑をかける行為を、功は絶対に許すことができないと思っている。例えば、モータリゼーションで人間は便利さを享受できたか?排気ガスで肺炎になる者もいるし、交通事故で命を落とす者もいる。携帯電話はどうか?マナーのなさにノイローゼになる者もいるし、お金の使い方も信じられないほどルーズになった。しかも、便利さを濫用している当事者がその迷惑に気が付いていないというのが、さらに腹立たしい。反対に、便利さを濫用してはいけないと慎んでいる人間が迷惑を被っている。救われるべき人間が救われないという理不尽さは、正論家の功にとって絶対に許すことができないのである。
オートコンプリートの機能による影響は、それほど大袈裟なものではないかも知れない。しかし、事実として、メールを送るべき人間には送られておらず、一方では読みたくもないメールを読まされて無駄な時間を過ごしている人間がいるのだ。
功は、はじめのうちは、「宛先が間違っているようですが」というメールを送信者に返信していたが、最近では、だんだんそうするのも面倒になってきていた。便利な機能を濫用する人間の尻拭いなどしているほどお人よしではいられないと功は思ったのである。