深夜、といってもいい時間帯。

 シュリはエヴァの荷物から鏡を引っ張り出した。

 エヴァは気づきもせずぐっすり眠っている。


 外に出ると、月が煌々と照っていた。

 シュリはそっと鏡を持ち上げた。

 名前を呼ぶまでもなく、そこには巫女の姿が映った。


「…こんな時間に突然、なんてマナー違反じゃなくて?何の御用かしらあ?」

 ナナイは悠然ととぼけて見せる。

 シュリは鼻で笑った。

「わかっておったのだろう?」

「否定はしないわあ。…さあ、ご用件を、聖剣シュリ?」

 ナナイの声がかすかな笑みを含む。


 シュリは表情を消した。

「では、率直に聞くが…おぬし我等を利用して何をしたい」

 シュリが鏡を覗くと…ナナイは婉然と微笑んでいた。

「利用だなんて心外だわあ…あたしは巫女としてこの国の未来を考えてるだけよ?」

「嘘をつけ」

 シュリはばっさりと切り捨てる。


 鏡の向こうで、ナナイが微笑を消した。


「笑わせるわ」

 その口調に、いつものふわりとした柔らかさはない。

 代わりにあらわれたのは…触れれば切れそうな鋭さ。

「誰が一番あの子達を利用してるのかしらね?」

「なん…だと」

 シュリはナナイを睨む。

 ナナイは怯むことなくこちらを見返した。


「影と光は一体…ねえ、あたしが知らないとでも思ってるのかしら」

 紅い唇に浮かぶのは、冷たい笑み。

「おぬし…」

 シュリは歯噛みする。


「…我は勇者の聖剣。今はそれ以上でもそれ以下でもない」


「…ま、いいわ。そういうことにしておきましょうか…今は」

 ナナイは感情の読めない声で囁いた。


 直後、その雰囲気が普段の柔らかなものに戻る。

「それじゃ、あたし寝るわあ。夜更かしはお肌に悪いのよお?」


 シュリは鏡を下ろした。

 いつの間にか月が大分動いていた。



 月明かりの下、白い子供はいつまでも立ち尽くしていた。