「東京、行く」


膝の上でぎゅっと手を握り、あたしは心から頭を下げた。


「お金、働いてちゃんと返すから。お願いします」


「そっか。うん。翠がそう決めたなら、何も言わん」


「ごめんね。また金かかるけど、頼むよ」


ごめん、と念をおして頭を下げると、母は何も言わずにただ笑ってあたしの背中をさすった。


やたらと温かい手のひらだった。


「けど、先生、条件があるんだ」


顔を上げると、


「またですか」


と先生は困ったように小さく笑った。


「分かっています。卒業式終わってから。そうでしょう?」


「うん。できる?」


「うーん……できればすぐにでも行って欲しいのが本音だけど」


仕方ないな、と先生はデスクに向き直ってカレンダーをめくった。


「あと一ヶ月か。それまでは、薬で大きくならないように抑えましょう」


「すみません、先生。何から何までご迷惑を」


母が頭を下げると、先生が小さく吹き出した。


「いいえ。患者さんの要望ひとつ聞けないで何が医者ですか。ねえ?」


「あ……すみません」


母が恥ずかしそうに、都合悪そうに笑った。


「でも、本当に気を付けてください、翠さん」


「え?」


見た時にはもう、先生の顔に笑顔は無かった。


「薬が合わなければ、それだけ早く脳や血管の圧迫が進みます。ノックアウト型の脳梗塞と同じ症状が出る可能性もありますから」


頭に激痛が走り、そのまま……それがノックアウト型の脳梗塞の症状らしい。


「例えば、大きくなった腫瘍が太い血管を圧迫するのが一番怖い」


手足が痺れて、力が入らなくなる。


言葉を発する事ができなくなる。


「最悪の場合、一発で死に至る事もまれではありません」