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 夜になり空高く昇った月が、ヴェリシアの地へ冴えた光を落とす頃。
 みなもはなるべく音を立てないよう、荷造りをしていた。

 窓から入り込む月光を頼りに、手持ちの薬草や薬研を整理しながら、ゆっくり荷袋へと入れていく。
 隙間を作ろうとして、既に入れた物を退かしていると、細長く硬い物が手に触れた。
 作業の手が止まり、みなもはそれを荷袋から出す。

 黒い鞘に入った、細身の短剣。
 普段から腰に挿している護身用の短剣よりも、さらに強力な――ホダシタチという蛇から採った猛毒を塗った短剣だった。
 刃を出し入れする度に鞘へ仕込んだ猛毒が短剣につき、かすり傷を負わせるだけで人を殺すことができるという代物だ。

 みなもは猛毒の短剣に視線を落とす。

(もしかすると、これを使う羽目になるかもな)

 今まで自分の身を守るために毒を使ってきたが、まだ人を殺したことはなかった。
 自分からこんな物を進んで使いたくはない。
 しかし、もし仲間がバルディグに囚われているとしたら、行く手を阻むものを倒し、この手を血に染めてでも救わなくてはいけない。

 人の命を救う藥師を生業にしてきたのに、今度は奪わなくてはいけないのかと思うと、みなもの胸が重くなった。
 唾を呑み込んで覚悟を腹にためていく。
 それでも割り切れず、みなもは深くため息をつきながら額を押さえた。

「……ここから立ち去るつもりなのか?」

 予期せず背後から話しかけられ、みなもは一瞬その場に固まる。
 弾かれたように振り向く。
 そこには扉を遮るように立つレオニードの姿があった。

「ノックもなしに入ってくるなんて人が悪いな」

 咄嗟に自分を誤魔化そうとして、みなもは笑みを浮かべてみせる。
 普段通りを貫こうと思っても、顔の動きはぎこちない。

 いつもなら、すぐに気配を察することができるのに。
 動揺で周りが見えなくなるなんて迂闊だったな、と激しい後悔に襲われる。