冷ややかになった目付きのまま、レオニードは立ち上がり、浪司の元へ早歩きで向かった。
 こちらに気づいた浪司が「お疲れさん」とにこやかに手を振ってくる。
 だが、途端に身をすくませ、話をしていた侍女の背中に隠れた。

「ど、どうしてそんなに怒ってんだ? ワシ、何か悪いことでもしたか?」

「……少し話がある。ついて来てくれ」

 返事を聞かずにレオニードが背を向けると、侍女たちに「また後でな」と言ってついて来る浪司の足音がした。




 廊下に出ると、辺りに人がいないことを確かめてから、レオニードは浪司へ振り向いた。

「侍女たちに妙なことを吹き込まないでくれ。俺をおちょくるだけならまだしも、みなもに迷惑をかけるような真似は――」

「やっぱ頭がカタいなあ、レオニードは」

 大きく息をついてから、浪司は腕を組んで胸を張る。
 開き直ったのかと思っていたが、彼は苦笑しつつも浮かれた気配は見せていなかった。

「一応これでも、みなものためにやってんだぜ」

「みなもの? ……いったい何の狙いがあるんだ」

「アイツ、薬作るだけじゃなくて、負傷兵の治療もやり始めたが……元気になり始めた野郎どもが、ちょっかい出そうと浮き足立ってんだよ」

 やれやれといった感じで、浪司は肩をすくめる。

「知り合った時から妙な色香を出してるが、無自覚だからタチが悪い。いつ野郎どもの魔がさして、取り返しのつかない事態になっちまうか――」

「それは確かに。悪ふざけでも、恩人を傷つけるような真似はさせられない」

 レオニードが大きく頷いて同意してみせると、浪司は言いにくそうに口端を引きつらせた。

「うーん……みなもの場合、ちょっかい出したヤツを半殺しにする可能性の方が高いぞ。アイツ、怒ったら本当に容赦ないからな」