黒き藥師と久遠の花【完】

 ゆっくりとみなもの顔がうつむいていく。
 前からレオニードの動く気配を感じていると――。

 ――肩へ、彼の腕が回される。
 そして前へ引き寄せられた。

 一瞬、何をされたのか分からなかった。
 額がレオニードの胸に当たって、みなもは彼の抱擁に気づく。

「バルディグの毒は、みなもが作った訳じゃない。だから君が思い悩む必要はないんだ」

 額から低い声の響きが、レオニードの温もりが伝わってくる。
 不意を突かれて、思わずみなもの目に涙がにじむ。

 このまますべてを話す事ができたら、どれだけ楽になるんだろう。
 自分が女だという事も、『久遠の花』と『守り葉』の秘密も――。

 でも口にした途端に、一人で生きていけなくなりそうな気がする。
 誰かに寄りかかったら、そこから離れたくなくなってしまう。
 ただ自分が甘えたいだけに、レオニードの人生を縛る訳にはいかない。

 みなもは呼吸を整え、こぼれ落ちそうになっていた涙を指で拭う。
 
「ありがとう。そう言ってもらえると、少し気が楽になるよ」

 もう大丈夫だと、顔を上げて彼に伝えよう。
 そう思ってみなもは動こうとするが、体は動こうとしない。

 離れた直後に訪れる、温もりを失う瞬間が怖い。
 ようやく治まった心の揺れが、また酷くなりそうな気がした。