黒き藥師と久遠の花【完】

 気を紛らわせようと、みなもは浪司に話しかけようとする。
 ――彼の目は城を出る前よりも輝きを増し、口からよだれが溢れそうになっていた。

 見た瞬間、感傷の湖に沈みかけていたみなもの心が、グイッと引き上げられた。

「ろ、浪司……なんて顔してるんだよ。だらしないじゃないか」

「仕方ないだろ。現地の家庭料理なんざ、なかなか食べる機会がないんだ。いやーもう楽しみで楽しみで、気分も上々ってもんよ」

 ……食い意地が張ってるのは知ってたけど、ここまで食べ物への執着心が強いとは思わなかった。
 よだれを拭う浪司を、みなもは生温かな目で見つめる。

「人生楽しそうでいいね、浪司は」

「せっかく生きてんだから楽しまなきゃ損だろ。ずっと苦しい物を抱えて生きるのが正しい訳じゃねぇ。たった一度の人生なんだ、みなもも楽しめよ」

 そう考える事ができたら、どれだけ生きる事が楽になるのだろう。

 でも、幼い頃の記憶が――仲間や両親、姉との思い出が、楽になる事を許してくれない。

 心の内を話しても浪司を困らせるだけだと思い、みなもは微笑を浮かべて「努力するよ」と聞き流した。