海を渡って大陸の北部にたどり着くと、一行は馬車を借り、東に向かって陸地を横断する。
 ヴェリシアに上陸してから、春の陽気とは無縁になり、冬に逆戻りしたような鉛色の雲と寒さが広がっていた。

 平地に雪は見られないものの、吹きつける風は冷たく、ヴェリシアを臨むキリアン山脈は雪化粧に覆われている。

 すきま風さえも通さぬ頑丈な馬車の中。
 みなもは街で買った茶色の外套で身をくるみ、窓の外を眺めていた。

「俺が住んでいる村も寒さは厳しいと思ったけど、こっちはそれ以上だね」

 みなもが呆れとも感嘆とも取れない声を出すと、向かい側に座っていた浪司が頷いた。黒茶の毛皮で体を包んでいるために、熊そのものになっている。

「旅で来る分には、寒いのも悪かないんだがな。住処にするっていうのは、ワシもどうかと思うぞ」

 ガハハ、と浪司は大口を開けて笑ってから、「そういえば」と言葉を返す。

「みなも、調子がよさそうだな。ずーっと馬車に揺られて、慣れちまったか?」

「ザガットへ行く時のような山道じゃないから、ずいぶんと楽だよ。それに……馬車より船酔いのほうがひどかった」

 何度か船に乗ったことはあるが、酔わなかったことは一度もない。
 しかも今回は波が大きく、今まで生きてきた中で酔いの酷さは一番だった。
 村へ帰る時に、また乗らなくてはいけない。
 そう考えるだけで、みなもの胃はシクシク痛んだ。

 遠い目をして外を見ていると、柔らかそうな雪が、ちらほら降ってきた。
 みなもは前へ身を乗り出し、御者に連絡をするための小窓を開ける。
 凍て付いた風に顔をしかめながら、腹に力を入れて声を出す。