あそこまで自分好みの女に育っていたのは嬉しい誤算だったと、ナウムは悦に入る。
 だが、みなもと一緒にいた髭を生やした男の顔を思い出し、冷静さを取り戻す。

「みなもと一緒にいた髭オヤジは、なんと呼ばれてたんだ?」

「浪司という流れ者で、彼らの護衛をしているようです」

 部下の報告を耳に入れた瞬間、ナウムは心の中で首を捻る。

(偽名か? 聞き覚えのない名前だ。李湟の面影があるから、まさかと思ったが……気のせいだったか?)

 まだ自分が少年だった頃。
 住んでいた村で、李湟という男と二度だけ顔を合わせたことがある。あんな髭オヤジではなく、もっと顔つきは精悍で、鷹よりも険しく鋭い目をした男だったが。
 李湟を思い出し、ナウムは目を閉じる。

(……おそらく別人だろうな。もし李湟本人なら、昼間に会った時、問答無用でオレを殺しにかかってくるハズだ)

 今まで多くの人間の恨みを買ってきたが、李湟だけは特別だ。
 何せ自分は、この手であの男を洞窟の穴に突き落とし、二度と出られぬように蓋をした。

 その上で、彼の大切にしていた物を奪ったのだから。

 束の間、ナウムの背後がうすら寒くなる。
 しかし、すぐに小首を振って不安を追い出す。

(情けねぇな。未だに李湟の残像に踊らされるなんて。……今さら後戻りなんて、できないのになあ)

 考えても埒があかない。
 再びナウムは目を開くと、唇をぎゅっと引き締め、踵を返した。

「急ぎの用が一つ増えたな。早急にバルディグへ戻って、イヴァン様に報告しねぇとな」

 ナウムが進み出すと、部下たちは従順な犬のように後ろへついて歩く。
 弱い駒でも、従えるのは気分がいい。

 それが今までは唯一の楽しみだった。
 だが――ナウムは一人ほくそ笑む。

(必ず手に入れてやる……どんな手を使ってでも、な)

 急用さえなければ、このまま見張り続け、隙を見てみなもを奪いたいところだ。

 今は自分の状況が整うまでの辛抱だと己に言い聞かせ、ナウムは疼き始めた胸の内をなだめていった。