黒き藥師と久遠の花【完】

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 辺りは完全に暗くなり、空へ高く昇った満月が城下街へ優しい光を贈る頃。

「はあ……すごく疲れた」

 ボスンッと音を立てて、みなもはベッドへ突っ伏す。
 顔を横に向けると、テーブルに置かれたランプの火が揺らめいている。
 灯りが自分を労ってくれているような気がして、疲れて強張った体と心が徐々にほぐれていく。

 ゆっくり長息を吐いていると、ベッドが軋み、みなもの隣がわずかに沈んだ。

「そんなに大変だったのか?」

 レオニードの低い声に、心配そうな色が乗っかる。
 顔を上げずに、みなもは「うん」と頷いた。

「最初は女神の衣装の打ち合わせだったんだけど……段々みんなが『せっかくだから、この服も着て下さい』って、まったく関係のない服も着せてくるんだ。無下に断る訳にもいかないから、気が済むまで我慢しようと思ってたけど――」

 目を閉じると、昼間の光景が鮮やかに脳裏へ浮かぶ。
 まるで着せ替え人形で遊ぶ子供のように、次から次へと、思いつくままにあれこれ着せられた。

 貴族の娘が着る豪勢な作りのドレスや、普段着にも使えそうな飾り気のないドレス、袖や襟元などに赤い花が刺繍されたヴェリシアの民族衣装……かれこれ十着、いや、それ以上は着せられていた気がする。