黒き藥師と久遠の花【完】

「小さい頃からずっとレオニードさんが好きだったのに……私、諦めませんから。みなもさんは恩人だけれど、それでも貴方には譲れない」

 そう言うとクリスタは踵を返し、ゾーヤやエマに愛想よく微笑んでから、他の針子たちのところへ向かった。

 彼女の後ろ姿を目で追いながら、みなもは苦笑を浮かべる。

(多分、クリスタさんと同じような人が他にもいるんだろうな。レオニードは顔も良い上に、誰に対しても誠実だから)

 自分の好きな人が、別の人からも好かれるのは嬉しい。
 ただ、レオニードを疑うつもりはないのに、胸がチクチクと痛む。
 
「大丈夫かい、みなも? 街に着いたばかりなのに、休みなしで連れて来ちゃったから、疲れたんじゃないかい?」

 ポン、とゾーヤに肩を叩かれて、みなもは我に返る。

「大丈夫ですよ、これぐらいで疲れていたら仕事になりませんから。むしろ仕事を休んでいる分、体力は有り余っていますよ」

 心配かけまいとして破顔してみせると、横からエマの声が飛んできた。

「頼もしいお言葉ですわ。じゃあ、せっかく来て頂いたことだし、今から衣装の打ち合わせをしましょう」

 エマの声を合図に、針子たちが素早く動き出す。
 あっと言う間に色めき立った彼女たちに囲まれ、みなもはたじろぐ。

「あ、あの、俺はどうすれば良いですか?」

「まずは寸法を測ってから、女神様の衣装に近い物をいくつか着てもらって、どんな色合いや雰囲気が良いか見立てさせて頂きますね」

 一番みなもに近い針子が、にっこり笑って手中の巻尺を伸ばす。
 その後ろでは、他の針子たちがいくつも衣装を手にして控えている。

 みんな笑っているのに、目だけは獲物を狙う獣のような光を帯びている。

 ……大丈夫、食べられはしない。
 頭では割り切っているが、みなもの手にじっとりと嫌な汗が出始めていた。