黒き藥師と久遠の花【完】

 ゾーヤの家から城に向かって北へ進んでいくと、賑やかな街の中央広場に辿り着く。
 相変わらず広場の中心には、馬に乗ったヴェリシアの英雄の銅像が佇んでいる。無愛想な顔だが、ずっと街を見守り続けるその姿は神々しい。

 銅像の横を通り過ぎると、ゾーヤはいくつもの衣料店が並んだ一角へ向かっていった。
 店の前では、春らしく淡い色合いの服を着た女性が三人ほど立ち話に興じている。彼女たちの手には大きく膨らんだ布袋が下がっており、今しがた服を購入した様子だった。

 ゾーヤは角にある店の前まで行くと、扉を開けてから後ろを振り返り、みなもを手招く。

 今まで窓の外から美しい女性の服が並べられた店内を見たことはあるが、足を踏み入れたことは一度もない。
 特に危険はないと分かっていても、妙に緊張してしまう。
 みなもは唇を湿らせると、意を決して扉をくぐった。

 中へ足を踏み入れると、心地良い程度の熱気に混じり、うっすらと上品な香水の香りがみなもたちを出迎える。
 色とりどりの布と服に囲まれながら、横長のテーブルでは数人の針子たちが作業をしていた。

「みなさん、今ちょっとお邪魔しても良いかしら?」

 ゾーヤが声をかけると、針子たちはバラバラに顔を上げる。
 そして一人の女性が「あら、ゾーヤさん!」と表情を明るくすると、立ち上がってこちらへ歩いてきた。

 丸い眼鏡をかけたその人は、女性にしては背が高く、細くスラリとした体躯だった。
 年の頃は三十代だろうか。金色の髪を頭の上で結い上げているせいか、顔と首元がすっきりしており、濃い青色の瞳は知的な印象を受ける。

「こんにちは。……あら、もしかしてその方が女神役の?」

 女性はすぐにゾーヤからみなもへ視線を移し、興味深そうに目を輝かせる。
 大きくゾーヤは頷き、「その通りよ、エマ」と言った後に少し横へ逸れると、みなもとエマを対面させた。