黒き藥師と久遠の花【完】

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 勅命の手紙を受け取ってから二週間後、みなもとレオニードはヴェリシアの城下街へと足を運んだ。

 女神の衣装を合わせるために、何度か仕立て屋に顔を出さなくてはいけない。
 流石に森の小屋から通い続ける訳にはいかず、以前にレオニードやボリスが住んでいた家を使うことにした。

 まずはゾーヤに挨拶しようと、彼女の家の扉を叩く。
 中から「はいはい、ちょっと待ってて」と、しゃがれた声が返ってきた。

 そして小走りに玄関へやってくる足音が聞こえたと思った矢先、勢いよく扉が開いた。

「ああ、やっぱりアンタたちだったんだね! 来てくれて嬉しいよ。さあ、入って入って」

 満面の笑みを浮かべながら、ゾーヤがレオニードの肩を叩いて、中へ入るように促してくる。 

 誘われるままに二人が家へ上がると、食卓にボリスの姿があった。
 ゾーヤとお茶の時間を楽しんでいたらしく、彼の前には湯気が立っている紅茶と、細く短いパンのような物を油で揚げ、砂糖をまぶしたお菓子が並んでいた。

「いらっしゃい、二人とも。しばらくぶり」

 にこやかに手を振るボリスへ、レオニードは「ああ」と素っ気なく答え、彼の隣へ座る。 少し遅れてレオニードの向かい側にみなもが座ると、ゾーヤが台所から紅茶を運んで二人の前に置く。
 紅茶の熱気がみなもの顔へ届いた時、ゾーヤはゆっくりとボリスの向かい側に座った。

「この時間にボリスが叔母さんの家にいるのは珍しいな」

 おもむろに口を開いたレオニードを、ボリスが横目で見ながら眉を上げる。

「ちょっと僕の物をこっちへ運ぶために、今日はお休みをもらったんだ。あっちの家は二人で使えばいいよ。僕は建国祭が終わるまでゾーヤ叔母さんの所にいるから、夜は遠慮なく……ね?」

 からかうように片目を閉じたボリスから、レオニードはわずかに目を逸らす。
 人で遊ばないでくれ、という心の声が聞こえたような気がした。