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 執務室で書類にサインを書き続けていたマクシムは、ふと手を止め、窓の外に目を向ける。

 春も半ばを過ぎ、新緑の草木が日に日に色濃くなっている。生命力を感じさせてくれるこの時期が、一年の中で最も好きだった。
 北方の長く厳しい冬を味わっているからこそ、余計に嬉しく感じてしまう。

 まだ遠くの山々は雪が残り、純白の姿を残している。それが蒼天の空に映え、なんとも清々しい気分にさせてくれた。

 こんな日は無性に外へ出たくなる。本当なら馬を駆って野山を走り回りたいところだが、王という立場上、気軽にできることではない。

 だから例年ならば今頃は城の裏手にある庭園に出て、気分を紛らわしているところだ。
 レオニードを護衛につけて、冗談で彼をからかいながら日差しと緑を楽しむ――数少ない息抜きできる時間だった。

 しかし、今年はレオニードがいない。からかう相手がいない分、少し物足りない。
 マクシムは口元に苦笑を浮かべた。

(今頃どうしているかな、レオニードは)

 真面目なあの男のことだ、休憩も挟まずに黙々と言われたことをこなしているだろう。
 どれだけ周りが休めと言っても最後までやり続けるのだ。レオニードのやり方は、見ているほうが疲れてしまう。

 半ば呆れながら、少し拗ねたような顔でレオニードを見るみなもを想像して、マクシムは思わず吹き出した。

(みなもは気が強そうだからな。案外、尻に敷かれてうまくやってるのかもな)

 そう思った時、胸の奥にあった好奇心が疼いた。

(……見てみたいな、女性の姿をしたみなもを)

 隠そうとされると、余計に知りたくなるのが人の性だ。
 別に口説いて自分のものにしようとは思わないが、一度気になってしまうと見たくて仕方がなくなってしまう。

 ただ、わざわざ呼び出して女性の格好をしろと強要するのは、国の恩人に対してあまりにも失礼だ。
 でも一目でいいから見てみたい。

 そんなことを考えていると、扉を軽くノックする音がした。

「マクシム様、クラウスです。新しい書類をお持ちしました」

 我に返り、マクシムは「ああ、入ってくれ」と命じる。