「お前は一族を死に追いやった上に、その汚れた手で俺を弄んだ。でも――」

 チラリと、みなもは静かに眠るいずみを見やった。

「――お前がいなければ、姉さんは生きていなかった」

 離れ離れになった後、側でいずみを支え続けてくれたのはこの男。
 それが下心であったとしても、自分が守るべき花を守り続けていたことは事実だ。

 いずみの眼差しを見れば、ナウムが本当に特別な存在だというのは察しがつく。
 多くを語らなくとも、それだけで二人の絆が十分に伝わってきた。

 ナウムを殺せば、今までいずみを支えていたものを奪うことになる。
 記憶を奪い、一族としても、身内としても完全に縁を断ったのだ。
 これ以上いずみから大切なものを奪いたくはなかった。

「少しでも罪悪感があるなら、姉さんを最後まで守れ。記憶がなくなっても、姉さんはお前の支えを必要とするはずだから」

 みなもが言い終わった途端、ナウムは上を仰ぎ、手で目を覆った。

「ったく、もう報われない想いを抱えたまま、生きたくなかったのになあ。しかもオレのことを忘れた女を守れだなんて……残酷なヤツだ」

 声の調子は軽いが、どこか神妙さを漂わせた響きがする。
 これがナウムの本音なのだろう。それが分かったところで、同情する気には一切ならないけれど。