黒き藥師と久遠の花【完】

 浪司とみなもは入れ替わりで仮眠を取り、レオニードの様子を見守っていった。

 彼が目覚めたのは傷を縫った夜の一度きり。
 あとは三日三晩、寝静まったり、うなされたりを繰り返していた。

 みなもが何度目かの仮眠を浪司と代わり、椅子に座った時。窓の外が白け始め、治療を始めて四日目の朝を迎えようとしていた。

(まだ起きない……)

 解毒剤が間に合わなかったのだろうか。このまま意識が戻らず、息を引き取るなんてことになれば、やっぱり寝覚めが悪い。

 みなもは目を細め、レオニードを見つめる。
 不意に、レオニードが寝返りを打った――と思ったら、体を震わせながら上体を起こしてきた。

「まだ横になったほうがいい。傷が開く」

 慌ててみなもがレオニードの肩をつかもうとすると、逆にこちらの手をつかまれた。

「助けてくれて感謝する。だが、もう構わないでくれ……寝ている時間はないんだ」

 傷のせいか、彼から伝わってくる体温が熱い。みなもを睨んでくる鋭い眼光も、目が虚ろで凄みは半減している。

「どうして? 急ぎの用事でも?」

「一刻の猶予もないんだ。行かなくては」

 レオニードが立ち上がろうとする。
 言っても聞かないなら……と、みなもは彼の左胸を軽く小突いた。

「――――っ!」

 激しい痛みに叫ぶこともできず、レオニードはうずくまる。それでもしぶとく体を動かそうとする。

 苦しいだろうに、何をそんなに焦っているのだろうか? 
 冷静にレオニードを見つめ、みなもは肩をすくめた。

「別に出て行ってもいいけど、いくら焦ったって、途中で行き倒れたら意味がないだろ」

「しかし――」

「無駄死にが許される用事なのか? だとしたら、大したことない用事だね」

 レオニードの気迫に煽られて、みなもの口調も刺々しくなる。もっと軽くあしらいたかったが、ここで気圧されたら説得できない気がした。

「生きて果たすことに意味があるんだろ。自分の命と引き換えに……なんて無責任だよ。もっと今の自分を考えて、最善を考えるべきじゃない?」

 年下の人間にここまで言われて、さぞ面白くないだろう。レオニードは苦々しく唇を噛み、眉間に皺を寄せる。

 しばらくして、レオニードは観念したように長い息を吐いた。

「……すまない。このまま治療を頼んでもいいだろうか?」

「賢明な判断だね。俺もずっと寝床を占領されるのは困るから、本気を出してレオニードを治療するよ」

 ぽむ。
 他意もなく、みなもはレオニードの肩を叩いた。左肩だった。

 唐突な痛みに彼は声を詰まらせ、ベッドに沈む。
 別にわざとではないが、痛がる彼を見るのは気分がいい。
 みなもは吹き出して笑い、「あ、ごめん」と軽く流した。