もう二度と聞きたくないと思っていた名に、レオニードは露骨に顔をしかめる。

 ザガットでみなもから、ナウムが「オレのものになれ」と言ってきたと聞いた時には、怒りで理性が飛びそうになった。
 それと同時に、自分にも同じ願望があることを自覚して、自分に腹が立った。

 我を忘れてはいけないと、レオニードはどうにか怒りを抑えこむ。

「その情報、本当なのか?」

 浪司は「間違いない」と大きく頷いた。

「ナウムはみなもに執着している。だから親密な関係になったお前さんを始末するだろうと思って、注意を払っていたんだ。そうしたら案の定、部下に襲撃させてきやがった」

「そうだったのか……だが、俺のことよりも、みなもを引き止めることが先決じゃないのか? ナウムの元で、嫌な目に合うかもしれないというのに」

「確実に言えることは、ナウムはみなもを殺さんが、レオニードを殺したがっていた。……どんな病でも治る薬があっても、死んじまったら効かん。だからワシはお前さんを優先したんだ。それに――」

 わずかに浪司の目が細くなり、その目に苦渋の色を浮かべる。

「ワシらがずっと探していたものが見つかりそうなんだ。もしワシが引き止めたとしても、みなもはナウムの元へ行っただろうな」

 確かに彼女の性格を考えれば、そうなるだろうとはレオニードにも予想がつく。
 きっと力づくで止めようとしても、睡眠薬か、麻痺の毒を使って、ここから離れただろう。

 今まで求めていたものが目の前にぶら下がっているのに、待てというのは酷な話だとは思う。
 ただ、それでも行って欲しくはなかった。
 ここへ残って欲しかったと願うのは、自分勝手なワガママだと分かっていても。

 レオニードが思い詰めていると、浪司がおもむろに立ち上がった。

「これからワシはバルディグへ向かって、みなもへ会いに行く。レオニード、お前さんはどうするんだ?」

「俺も行く。マクシム陛下からみなもをバルディグに渡すなとの命も受けたが――」

 小さく頷いてから、レオニードは壁に立てかけてあった愛用の剣を手に取る。
 そして、剣が手と溶け合いそうなほどに、強く、強く握りしめた。


「――あんな男に、彼女を渡してたまるか」