ネオンは食うのが遅い。

囚われていた頃には早く食わなければならなかっただろうに、それともゆっくり食うだけの飯もなかったのか。

そう言えばネオンについて知っていることなど皆無に等しい。

不思議な同伴だぜ全く。

「親父さんごちそうさま」

コートに身を包んだ細身の男がそう言ってカウンターに一枚の紙を置いて席を立った。

マスターはそれ見て目を見開く。

「王室紙幣じゃないか!?

こんな高価な物受け取れないよ」

この世界の通貨は大きく二分される。

共通硬貨と王室紙幣である。

庶民の買いものなんてものは共通硬貨で十二分に事足りる。

王室紙幣はそれ一枚で鞄に持ちきれぬほどの共通硬貨の価値を持っている。

「美味しい酒と楽しい時間への全うな対価さ。受け取れなければ捨ててくれ」

「はぁ……まいど」

キザな男だな。

確かによく見りゃそんな顔だ。

女みたいに綺麗な顔立ち、オレンジにも近い茶髪は柔らかなウェーブがかかっている。

しかし、その、優しい瞳の奥にはゴミ箱育ちのオレも身震いしそうな何かが眠っている様にも見えるね。

「後ろを失礼」

男はゆっくりとオレとネオンの後ろを通っていく。

男が背中をすれ違うとき、椅子の下からカサッと乾いた音がした。

それを確認しようと手を伸ばす。

「これは……」

そこには四つ折りにされた一枚のメモ紙があった。

振り返ると男はもう店の外にでてしまっていた。

「いやはや、王室紙幣をこの目で見る日が来るとはねぇ」

マスターは紙切れを手にとって、光にかざしてみたり、ピラピラと振ってみたりしている。


よほど珍しいのだろうが、共通硬貨すらもあまりお目にかかれなかったオレからすると価値が全く分からない。

マスターに気付かれないようにオレはカウンターの下でそのメモを開いた。

『警告。今すぐその女の子を連れて逃げろ』

「……なっ!?」

突拍子もないメモにオレは思わず声を出してしまった。

その瞬間に店に残っていた男三人が立ち上がった。

ゆっくりと近付いてくる。

「よおよお、あんちゃんどうした?」

「急に変な声出して、なんか辛いことでもあったのかい?」

「どうなんだ?あぁ?」

向けられる殺気。

男たちが立ち上がってようやく気付いた。

彼らの首もとにあるスティグマの紋章に。

そう言えばおかしかった。

オレはネオンのことを一度も名前で呼んでいなかったし、ネオンも声を出しちゃいない。

背は小さいが、この年頃の男なら背丈はあまり変わらないだろう。

なのにマスターも去っていったキザ野郎もこいつを「お嬢ちゃん」「女の子」と言っていた。

何故、こいつが女だと分かったのか。

それは、つまり。

元々ここに居たやつらにはネオンの正体がばれていた!?

「とりあえず、その娘よこせよ」

男の1人がネオンの肩に乱暴に手を置いたので、オレはそれを腕ずくで振り払った。

「何を未だにちんたら食ってやがるんだ!行くぞネオン」

「………」

オレはネオンを抱えあげて駆け出す。

ネオンはまだ腹が空いていたのか、名残惜しそうに炒め料理を見つめて手を伸ばしていた。

男達も追いかけてくる。

オレは無心で外に飛び出した。

そして落胆する。