「これ、頼まれてた奴、持ってきたぞ。」

光弘の父親が、小さな紙袋を渡した。


「サンキュー、お金は後で払うよ。」

と言って光弘は受け取った。


「リハビリの調子はどう?」

母親がリンゴを剥きながら尋ねた。


入院患者にリンゴを剥く…

ありきたりすぎるシーンに、光弘は心の中で笑っていた。


「昨日初めて行ったんだけど、全然余裕。
やっぱ普段から身体鍛えてたしな。
もう松葉杖でも歩けると思うんだけど、さすがに許可が降りなくてさ。
でも車椅子の操作には慣れたし、1人で売店とかにも行けるようになったよ。」

と、光弘は両親を安心させるように言った。



両親が今日から隣県の実家に戻るというので、光弘は車椅子に乗って出口まで見送った。

外来の患者で待合室は賑わっている。



(さて、部屋に帰るか…)


車椅子を動かそうとした時、ふと、待合室から外の景色が見えた。


子猫がテクテク歩いて、植え込みの中に入っていくのが目に入った。


その時、光弘は、頭の中の記憶のフィルムが、一気に巻き返されていくのを感じた。




朋香を冷たくあしらってしまった学園祭。

朋香の傷痕にkissをしたスケートの日。

朋香が座り込んでいた夏のあの坂。



喉が痛くてここの内科を受診した入学式の日、子猫を見つめ、タオルをかけていた少女のような女性。

扁桃腺と診断されて熱に浮かされていた日、息絶えた子猫をガラクタのように扱い、投げ捨てた少女のような女性。




…何で今まで忘れていたんだろう…



…あれは『朋香』…

…そして『雫』だったんだ…