大学からの坂を下りきった所で大輔と別れ、ネクタイを緩ませてカッターの第1ボタンを外し、背広を片手に、病院で内科の受付を済ませて待合室で座っていた。


ちょうど桜が散りかける頃で、風が吹く度に桜の嵐だ。


その時、植え込みに向かってしゃがみ込んでいる女の子が視界に入った。

パジャマの上に薄いカーディガンを羽織っているから、入院患者だろう。


そう思った時、


「塚嶋さん、どうぞー」


と呼ばれたので光弘は診察室に入って行った。


喉が少し腫れていたらしく、何だか苦い薬を喉の奥に滲み込まされたのを覚えている。

そして、寝る前の飲み薬とトローチが処方され、会計を済ませて病院を出ようとした。



ふと窓の方に目をやると、さっきの女の子がまだ屈み込んでいた。


(具合いが悪いのかな)


何となく心配になった光弘は、女の子のいる中庭の方に出て行った。



少し近付いてから見た横顔は、女の子というには失礼にあたる位の女性の顔をしていた。


よく見ると、彼女の足元に小さな子猫がいる。

明らかに弱っている。



その女性は、ただただ見ているだけだった。

さっきからずっと、ただただ見ているだけなのだろうか。


そう思っていたら、いきなり立ち上がり、パタパタと駆けて行ってしまった。


光弘は、その子猫の傍に寄ってみた。

確かに、どうにもしてあげる事は出来ない。


そっと撫でてみたら、骨がゴツゴツと触れる程、痩せ細っていた。


またパタパタと足音がしたので、光弘は慌てて隠れた。


さっきの女性が、タオルとダンボール箱を持ってきた。

ゆっくりとその箱の中に子猫を入れて、タオルをかけてあげた。


そして、配食の残していた分だろうか、小さなパック牛乳を開けて器に入れた。

その子猫が少しだけ牛乳を飲んだ事を確認してから、彼女は病棟に戻って行った。


(普通の牛乳じゃ、猫は腹壊すんだよな…)


光弘は昔、実家で猫を飼っていたので、猫の事なら少しは分かる。


(仕方ないなぁ)


人間のエゴだと思いながらも、何万匹という弱ったストリート子猫の中から偶然彼女に見付けてもらえた奇跡の為に、光弘は近くのコンビニで産まれたての子猫用のミルクを買って病院に戻って来て、さっきの牛乳と入れ替えた。

そして、余ったその子猫用ミルクのパックを箱の中にそっと入れて、やっと光弘は病院を後にした。