美穂に負けず劣らず、智也もテーブルマナーを身に付けており、優雅に食べている。

さすが医者の息子…と美穂は思った。


黙々と食べ続ける2人。

周りから見れば、兄妹にしては歳が離れすぎているようだし、カップルにしては楽しそうな雰囲気が伺えない。


もちろん、そんな事、当の本人達は気にもしていない。

食後のコーヒーを飲み終わると、智也が立ち上がり、

「行こうか。」

と伝票を持っていき、カードで会計を済ませた。


「おご馳走様でした。」

美穂は丁寧にお辞儀をした。


「どういたしまして。」

智也も丁寧に返す。


エレベーターで地下の駐車場まで降りて、車に乗り込む。


「…だけど、これだけは譲れませんから…」

と美穂が真っ直ぐ前を見つめて言った。


「何の事かな?」

と智也はアクセルを踏みながら尋ねた。


「雫を…どうするつもりですか?」

美穂が静かな、だけれども、しっかりとした声で聞いた。



「…雫を殺したら許さない…」

美穂はゆっくりと視線を前から、運転席の智也の方へと向けた。

ちょうど信号待ちで止まっていたので、智也も美穂の方を見た。


「…美穂ちゃん、何を言っているの?
雫を殺すだなんて…
面白い事を言うなぁ…」

まるで子供を相手にしているかのように、智也はクスクスと笑う。


美穂は怒り出す訳でもなく、冷静に言った。

「分かっているくせに…。
何度でも言うわ、雫は絶対に殺させない。」


その美穂の言葉を受けて、智也の顔から笑いが消えた。

そして車をコンビニの駐車場に入れて停めた。


「”ビリー・ミリガン”…」


智也が、ふぅっと溜息を付いて呟いた。


そして美穂の方を向いた顔は、暗闇の中でよく見えなかったけれど、それまで強気でいた美穂を身震いさせるには十分すぎる位、凄みが効いていた。


「そ、そうよ…。
私、知ってるんだから…。
だから絶対に雫は…」

それでも怯まずにそう言う美穂の口に、智也は人差し指を当てて黙らせた。


「知っているんだね?
なら、そんなくだらない事は気にしない方が良いよ。
僕が雫を殺すはずがない。」

そう言って、智也はまた車を走らせ出した。


「じゃあ…
じゃあ、どうするのよ!?」

美穂は精一杯の力を振り絞って聞いた。


「もうそんな古い時代じゃないんだよ。
君は黙って見ていれば良い。
僕は僕のやり方で治療をしているんだから。」

智也の言い方はそれ以上の口答えを許さないかのように厳しく、しかし柔らかなものだった。