後日。

 早朝の図書室にて。


 千晴の想い人は、いつものように椅子に腰掛け本を捲っていた。



「徒野くん、徒野くん」

「……」

「おはよう!今日も一段と格好いいね」

「……」

「ねぇ、ねぇ、徒野くーん」

「……」

「やっぱり昨日のことで照れてるんだね!」

「……はい?」

 ようやくそこで夕吉は活字から視線を外し、千晴を見た。

 同時に、きゅぅうんと千晴の乙女心は締め付けられた。



「昨日は、助けてくれてどうもありがとう」


 千晴は、できる限りの精一杯の笑顔を見せて、それから勢いに任せて頭を下げた。

 ゆっくり顔を上げると、至極おかしなものを見る目と目が合って千晴は首を傾げる。


「昨日、リーゼント男子が投げたナイフが私に直撃しようとしたとき、小説を投げてくれたでしょう?ハムレットの」

「知らないよ、そんなの。本を傷つけるようなことだってしないし」

「まーたまたぁ、照れ隠ししちゃってー」

「うるせぇ、黙れ」


 夕吉は本当にそんなことはしていなかったが、千晴の乙女フィルターとやらは非常に厄介で勝手に夕吉は命の恩人となっていた。


「そのおかげですっかりリーゼント男子達はやる気をなくしてくれて、無事に私も近衛さんも家に帰れたんだよ」

「あ、そう」

 時間をかけて誤解を解くのも億劫になり、夕吉は再び手元の本へと視線を戻した。