「理由は?」

 夕吉の言葉に、吾平は肩を竦めて笑い出した。

 吾平の動作は、いちいち道化がかっている。


「野暮なことは聞くな、…面倒だろ」

 そうだ、何よりも面倒事を嫌うのは目の前の奴の方だったと夕吉は思い出す。

 これ以上は、何も聞かずにおくことを夕吉は選んだのだ。



「まー…オマエには、骨折り損のくたびれ儲けってことで、本の入荷数は増やしてやるから安心しな」

 扉の前で全てを告げ終わった吾平は、じゃあなと夕吉に背を向ける。

 ところが、何か引っかかったように動きを止め、今一度夕吉の方へと振り向く。



「夕吉クン、その本は?」

 夕吉は、ふと自分の手元を見た。

 …そこには、少し古い一冊の小説がある。




「シェイクスピアのベニスの商人。此処へ来た時に拾ったんです」