「徒野くん」
「何」
「この本は、どこの棚だっけ?」
「“い”の棚、一番上の列、右から四つ目」
徒野夕吉にとって他人というものは酷く不可解なものだった。
「マクベスは、」
「“し”の棚、一番上の列、左から九つ目」
それは、
彼が今まで祖父としか深く関わってきたことがないからか。
それとも、
周りが彼の秀でた才能に一歩距離を置いてきたからなのか。
あるいは両方が原因かもしれない。
「あ、そうだ、徒野くん」
「“ろ”の棚、二列目、右から三つ」
数多くの書物に目を通してきた彼にとって、物語は、ある程度先読みのできるものとなったが、
人に対してそれは通用しなかった。
「お茶にしない?」
「“を”の棚、三列目、左から四つ」
「……」
先読みのできないものや理解のできないもの(人間)に出会った時、どうすればいいのかわからない。
相手にするのも疲れる。
これが、徒野夕吉が他人と関わらない理由だった。