「……ねぇ、憐。」

「ん?」


そんなあたしの苛立ちや愚痴、誰にも言うことのできない思いを知って、受け止めてくれるのが、憐という存在だった。

小学校5年生のときに出会った憐とは、かれこれもう7年近くの付き合いになるけれど、ちょっと色素がうすい栗色の髪も、眠そうな瞳も、出会ったときから変わらない。


「どこか、遠くに行きたいわ。」


無理なのは、わかっているけれど。
その言葉は言わずに憐を見つめれば、眠そうな瞳が困ったように優しく笑う。


「…また家で、何かあったの?」


あたしが憐に対して無理を言うのは、たいてい何かがあったときであると、憐は知っている。わかっている。
でも、憐の外気で冷えた手が優しく頬に触れたとき、思いとどまって首を横に振った。


「いいえ。何でもないわ。」

「……嘘。」

「嘘じゃない。大丈夫よ。」


納得がいかないとでもいうような視線が痛くて、少しだけ視線をそらした。
他の人になら、たとえそれがパパとママであったとしても、いくらでも嘘をつけるのに。何でもない風に振舞えるのに。相手が憐だと、どうも上手くいかない。