それは、いつか千が山に植えた桜の木。

いつか千の命が尽きた時に、この場所で一つにさせようと考え、目印に植えた桜の木。

ふたりが結婚の約束した、思い出の桜の木。

山中を探し回って、ようやく見つけ出した桜の木は、景丸の眠る場所に植え替えられた。

景丸は、流行り病で亡くなったとされた千姫の代わりに、千姫とされて埋葬された。

殿は千と小雪を四方八方探したが、遂に見つけ出すことはできずに、同じ場所に埋めてやろうという殿の願いは果たされることはなかった。

「お前は、ここにいるのか?」

同じように幹に手を当て、隆が呟く。

独り言のような呟きに、あたしは返事をしない。

それは、隆であって、隆ではない者の、心の叫びだから。

あたしの中にある。
あたしではない者への告白だから。

「俺はあの日。
ただ守られて、消えていこうとしているお前を、救うことができない自分を、呪った」

「今度はお前を、守りたいと。強さが欲しいと願った」

「お前のおかげで、親になる喜びを知った。
幸せな人生だった…」

「なのにお前は…。
ここでずっと、待っていたのか?」

一緒になろう。

そう約束した、この場所で。

「忘れていたのは、俺の方だったのか…?」

悔しそうに呟いて、隆はそっと涙を流した。