「わしは、姫の美しさが欲しかった。
その美しさを、わしだけのものにしたかったのだ。

だが…。

姫には想い人がいるのであろう?」

夜を共にする度に、景丸のことを想い、涙で頬を濡らしていたことに殿は気がついていた。

だから…。

「姫。今夜、城を出なさい」

意外な言葉だった。

「殿?」

「城の者には、流行り病で命を落としたと言っておこう。

今夜、景丸が迎えに来る」

その名を聞いて、千は横たわる身体を起こした。

「あの日のことは、すべて小雪から聞いた。

夫婦になると、約束していたのであろう?」


……。
言葉が出ない。

否。
言葉にならない。


殿が全てを知ってしまった、なんて…。



「姫様?」

小雪の問いかけに、ゆっくりと瞳を開けた。

小雪は焦った様子で千の身体を起こし、立ち上がらせると、自分の粗末な着物を肩に掛けて、

「これを着て下さい。
そして、逃げましょう」

そう言うと小雪は、千の打ち掛けをまとった。

「何をしているのです?」

「姫様。
話しをしている時間はありません。

お高様が、勘づかれてしまわれました」