次の日。

「千姫…」

離れの館に突然現れた殿を見て、驚いた千だった。

殿は夜にしか来ないものだと思っていたから。

「殿」

小さく呟いて、頭を下げた。

「桜を見ていたら、姫の舞を見ながら酒が飲みたくなってな」

そう言うと、殿は千の隣にあぐらをかいて座ると、同じように庭の桜を眺めた。

「ここから見る桜が一番美しいなあ?」

話しかけるように。
独り言のように。
殿は呟く。

そこへ、小雪が酒の入ったとっくりと杯を持ってきて、ふたりの前に差し出した。

千は杯を殿に手渡し、とっくりに入った酒を注いだ。

一口飲んで、千を眺め、

「姫の注(つ)いだ酒は、うまいのう…」

優しく微笑んだ。

千もつられて、微笑んだ。

その笑顔に満足気に頷くと、殿は一気に杯に入った、残りの酒を飲み込んだ。



小雪の演奏する琴の音色に合わせて、千は舞う。

一年前の、あの日のように。

それを、じっと眺めている殿。

けれど、千の心はここにはない。

心の中、いつもあるのは景丸のこと。

ただひとり…。