春は来ないと、彼が言った。



食い入るように見つめるわたしに気付いた睦くんが、ちらっと横目で見た。

さっきの冷笑じゃなくて、いつもの柔らかでふにゃっとした笑顔に戻っている。


そのことに安堵し、頬を緩めたときだった。



「―――椛ちゃん」



睦くんの顔がドアップになったのは。









………え?



「もーらいっ♪」



にっと悪戯が成功した子供みたいな無邪気な笑顔を浮かべて。

わたしを挑発するように、睦くんは扇情的な表情で自身の唇をぺろりと舐めた。



「っ!!!」



声にならない悲鳴を上げ、わたしは反対側の窓まで後ずさった。


…どくどくと脈打つ心臓が恨めしい。