遠い昔のお話。
深い深い森に囲まれた小さな村での出来事。
人は自然の中で、穏やかに暮らしていた。
ほんの些細な事件が起きるまでは。
この世界には人間族の他に様々な部族が住んでいる。
だが部族間での交流は禁止されていた。
互いを尊重し、テリトリーを侵さないためだった。

暖かい陽射しが木々の隙間から降り注ぐ午後。
小さなクシャナ村では毎日のように叫び声が響いていた。
そして今日も聞こえる叫び声に、木の枝にとまっていた鳥たちが驚いて飛び立つ。

「狼が出たぞー!!」

50件ほどの家の間を走り回り、口に手を添えて声を上げる少年。
その姿はもうこの村ではお馴染みになり、村の中で仕事を始めた人や、家畜の世話をしている人も、たいてい気にとめることもせず、己の役目に集中する。

「毎日毎日うるさいねぇ」

「ほんとにもう。狼なんているわけないのに」

野菜や果物が入った籠を持った主婦が数人、道の隅で話をしている。

「狼はいるんだよ!」

いつの間にか少年が主婦達の間に割って入っていた。

「ルカ!何度も言われただろう!狼族は昔に滅んだんだって」

主婦の1人がルカという少年に言って聞かせるが、ルカは頭を強く横に振る。

「そんなの分からないだろ!?滅んだっていう証拠だってないじゃないか!」

反論するルカに、主婦達は溜め息を吐くしかない。
やれやれと言いながらその場を解散し、各々家に戻っていく。

「なんだよ…っ!」

ルカは悔しさにまかせて足元にあった小石を蹴った。

狼族は数十年前に同族の間で争いが起こり、その争いが他の部族にまで被害が広がった為、人間族が仕方なく狼族を滅ぼしたのだ。
人間族は狼達の亡骸を丁重に弔い、狼族の滅亡を立て札にて各部族に知らせた。
そうして狼族は絶滅したと、住人達は語り継いでいった。

ルカは胸にもやもやを残したまま、1軒の家へ向かっていた。
毎日同じことを言って、同じ言葉で窘められ、同じように落ち込む。
繰り返される日常にすっかり溶け込んでしまったルカの嘘は、本人にとっては何よりも大切なものだった。