場が始まる前の準備中、佐久間さんがちょっと失礼しますと言って席を外す。

オーーーノォォォォーーー。

佐久間さぁん、どうか、課長と二人っきりにしないで下さいよぉ。


課長は椅子を引いて私の左側の席に腰を下ろすけど、機嫌が悪いのか、フツーなのか、表情が全く読めない。


「あ……あの。そのあごのアザ、すみませんでした」

「……」

か、課長、そこ、適当にアイヅチ、打って欲しいとこだったんですけど!

「そっ、それから、きっと、頭の後ろ、たんこぶ出来てますよね。すみません」

「……」

やっぱ、出来てるんですね。
ものすごい音、しましたモン。

ああ、なんか背筋に悪寒が走っちゃうぜ。


実は、昨日、電車の中で課長に揺り起こされた時、課長の膝から飛び起きた私は、課長のあごをふっ飛ばし、勢いあまった課長は、後頭部をシコタマ後ろの窓のサンに打ちつけたっつー経緯がある。

昨日は「気にするな」なんて言って、フラフラふらつきながら帰って行ったけど……。


あごのアザに、頭の後ろのタンコブ。


もう、いくらなんでも怒ってる。


恐る恐る逸らした目を課長の方に向ける。


だけど、課長……

笑ってる……

笑ってくれてる……


「お前こそ、俺のあごにぶつけた頭は大丈夫だったか?」

「……は……い」

「そうか」


課長、怒ってないの?

私、いっぱいいっぱい課長に迷惑かけたんだよ?
それに、それに、膝枕までさせちゃって……

どうしよう。

その微笑みは、想定外だったってゆーか。
不意打ちってゆーか。

心臓がまるで、私のものじゃないみたいに勝手に騒ぎ出すんですけど。



そこに、突然、本部長が手を叩きながらトレーディングルームに入って来る。

「諸君、おはよう。場が始まる前に、少し集まってくれ」

珍しい。

こんなに朝早く、本部長がトレーディングルームに来るなんて。

みんなもざわめきながら席を立つ。

「ああ。奥田君、ちょっと前に来なさい」

ざわめく声がさらに大きくなる。

私も胸騒ぎを覚えながら、立ち上がる。