「ねぇ」

また声が、耳元でした。

だけど、回りに人はいない。

いつのまにか、立ち上がっていた僕は、周囲を見回した。

薄暗い煙のような霧が、発生していた。

「お願いがあるの。あなたに…」

また声がした。

「誰だ!」

僕は、迷うのをやめた。

異世界での経験が、僕に告げていた。

例え現状を理解できなくても、迷うなと。

必要なのは、覚悟だけだと。

悩む前に、覚悟を決めて構えろ。

それこそが、生きる道だ。

「フン!」

僕は、気合いを込めた。

武器はないが、異世界で経験が、ある程度の護身術を身につけさせていた。

と言っても、自信はないけど。

「?」

僕が構えた瞬間、いきなり霧が晴れた。

「な!」

僕は、絶句した。

一面に転がる死体の山。

その殆どが、若い女性と子供である。

「ねえ…。あなたは、知っている?」

今度は、声が後ろからした。

はっとして振り向くと、死体の山々の間にできた道に、1人の黒髪の少女が立っていた。

「君は?」

やっと少女の存在を確認できた僕が、ゆっくりと近付こうとすると…少女は人差し指を、僕に向けた。

「あなたとともにいる女は…バンパイア」

か細い体を象徴するのかのように、痩せ細かった腕から伸びる指は、まっすぐに僕を指していた。まるで、その先は針のように鋭く、眉の間に突き刺さったような衝撃を受けた。

「う!」

痛みもないのに、僕は後ろに下がった。

少女は、そんな僕を憐れむように見ると、こう呟いた。

「あたしは…彼を失った」

そして、死体の山を見上げると、

「この死体の中で」

涙を流しながら、嗚咽した。




天空のエトランゼ〜蜃気楼の彼氏〜

開幕。