俺が今抱きしめてんのは、名前すら知らねぇ女だ。
歳も知らねぇ、知ってるのはコンビニのアルバイトをしているということだけ。
意味わかんねぇ、つーか自分が自分でわからねぇ。
びくっ!
女はこれでもかと肩を揺らし、あからさまに困惑していた。
それもそうだ。
毎日何人もの客と接するこいつにとっては、これが初対面だと思われてるかもしれない。
ナンパから助けたとは言え、俺は必要最低限しか話していない。
…いきなり抱きしめられたりして、気持ち悪いよな。
そっと離れようとした、その時。
「に、2度も助けていただいて、ありがとう、ございますっ…!」
俺の背中に、腕が回された。
今にも折れそうな細い腕のくせに、体温だけはしっかりと伝わってくる。
その柔らかな感触がやけに生々しくて、俺は1人赤面した。
イイ大人がなにこんなことで赤くなってんだ、気持ち悪い、自分でも普通にそう思う。
……つーか。
「(……なんだ、俺が助けたって覚えてんのか…)」
その取るに足りない事実は、妙に俺を満足させた。
胸の中にじんわりとなにかが広がって、まるで心臓が浸食されていくような気がした。
パトカーが店頭に止まるまで、俺たちはそのまま抱き合っていた。

