「もっと聞かせて頂戴な、綾子殿。」
「は、はあ…」
いい加減にしてくれ、母上…。
「ここは女同士の方が話しやすいかしらね。
そなたはもう下がって良いわよ。」
「では。」
綾子に憐れみの視線を向け、部屋から出た。
ふう、とため息を吐く。
まっすぐ自室に戻ろうかと思ったが、廊下の角で一番会いたくない奴に会ってしまった。
「義量、御台はああ言っていたが、わしは認めたわけではない。」
出会い頭にそう凄まれる。
「父上…」
「日野家との縁談は進めさせてもらうぞ。
将軍に必要なのは身分の低い側室ではない、御台所だ。」
「…父上、私は綾子一人だけで十分と申し上げた筈ですが。」
「馬鹿め。
そなたは星の数程の女子を抱いてきたであろう。
一人が二人になるだけだ、何の問題も無いではないか。
それに、あの娘が来てからも度々脱走しておると聞く。
宴の時には白拍子を侍らせておったともな。」
「ただ、私は、綾子に出会ったために変わっただけにて。」
「ふん、あの娘に本気で惚れたと申すか。」
「…はい。」
「はっ。
笑わせるな。」
親父は鼻で笑って何処かに行った。
親父の手前、綾子に惚れたことを肯定したが…。
本当は惚れてなんかいない。
それなのに、何故こんなにもやもやするのだ。
綾子のことを考えると、胸がむず痒くなって堪らない。
良くわからない自分の気持ちに戸惑う。
「公方様、どちらに?」
聞き慣れない男の声に我に帰る。
どうやら、下働きの者たちが寝泊まりする為の部屋の前まで来てしまったようだ。
「いや。
後で俺の部屋に酒を持って来い。」
「は、はあ…」