しばらく、夕凪の出ていった跡の方を向いていた。
名残惜しいとかそういうものではなく、ただ、見ていただけ。
「公方様?」
成兼の言葉で我に返る。
「あ、ああ。」
少し驚いたせいか、鼓動が早くなっていた。
そんな俺を見て、成兼はニヤリと笑う。
笑うな、と成兼を睨みつけると、やれやれ、と言いたそうな目で返され、成兼は何食わぬ顔をして小姓達を呼びに行った。
「そんなに気に入ったか?」
朝の仕度をしながら、二人にしか聞き取れないような声で話し掛けられる。
「…うるさい。」
確かに、気に入ったと言えば気に入ったのだろう。
しかし、少し違うような気がする。
どちらかと言えば、俺に媚びない、夕凪の少し怯えるような姿が俺の胸には深く刻まれている。
何故だか、とても鮮明に。


