花日記


「公方様には自覚が足らないのです!
今やこの日ノ本の中心はあなた様!
そうなるまでに御先祖であらせられる尊氏公は数々の血を流されやっとこの室町幕府が完成したのです!
もしも夜盗などに襲われ御命を落とすようなことあらば武家の名折れ!
幕府の恥となりまする!!
大体、まだ公方様にはお世継ぎがいらっしゃらないではないですか!!
ああ、こうはしておれませぬ、早く御台様になってくださる姫君との縁談を進めなくては…」



「……えっと、日向くん、もうそのあたりにしてあげたら?」



あれから半刻、説教の止まらない正家を見兼ねて綾子が助け舟を出してくれた。



日向、というのは正家の通称だ。



諱を呼べるのは親と主君だけだから、普段は当たり障りのない名を通称として使う。



普段は正家も大谷正家ではなく大谷日向守または大谷日向と名乗っている。



まあ、ただの僭称(*)だがな。



「姫がそうおっしゃるのでしたら、仕方ないですね。
公方様、もう勝手に市井に出てはなりませんよ!」



「…ああ。」



ため息混じりに返事をすると、正家にしては珍しく説教はそれで終わった。



「では、私には“仕事”があります故、これにて。」



やけに“仕事”を強調しやがって。



おそらくは俺の嫁探しといったところなんだろうが。



というか、あいつ、仕事は出来るが気遣いはまだまだみたいだな。



一応俺の側室ってことになっている綾子の目の前で縁談の話を持ち出すとは。



縁談にもどこぞの公家の姫にも興味はないが。



(*)僭称
その地位にはないが勝手に官位を名乗ること。戦国時代から江戸時代にかけて武家官位として多くみられた。ちなみに織田信長の名乗った上総介も僭称である。