「何を読んでいた?」
書物が気になるから、聞いてみる。
「え!?
えっと、えっと…」
綾子は予想外に狼狽した。
そんなにヤバい物なのか?
密書なんてことはないよな。
「言えないような物か?」
「それは…」
綾子はより一層戸惑う。
「あ、貴方が誰か教えてくれたら見せないこともないわ!」
俺が誰か?
やっぱり女なんかみんな一緒なのか。
綾子は勝ち誇ったように俺を見る。
「そんなに、知りたいか?」
「当たり前でしょう。
名前も知らない人にお世話になった上に、そのままその知らない人の側室になるなんて嫌!」
側室になるのが嫌?
俺が誰か分からぬとはいえ、この屋敷の主とはわかっているはずだ。
それなのに、側室になるのが嫌とはな。
女って生き物は金銀財宝が好きなんじゃないのか?
…面白い。
俺が名乗った途端、目の色を変えるのを見るのも一興か。
他の女みたいに豹変したら、それなりの金を与えて追い出せば良いだろう。
俺はそう考えて、
「…足利義量。」
と短く名乗った。
「あしかが、よしかず、さん?」
「そうだ。」
綾子は呆けてしまった。
そんなに驚いたか?
「し、失礼だけど足利って、あの足利?」
「当たり前だ。」
「貴方、今、何歳?
貴方のお父様は、足利義持で合ってる?」
「そうだ。
歳は十七だ。」
綾子は急に力が抜けたようになった。
金銀財宝、権力に目がくらんだか?
綾子はしばらく黙り、
「1423年…」
と呟いた。