演奏をせずに演説でも始めるんだろうかとか。
演奏をせずにとんずらでもするんだろうかとか。
彼にはあり得ない発想をぐるぐる廻らせていた。
「……」
じっと見つめていると、楓は何の異変も見せず、普通に……けれど優雅に、弦を弓に乗せた。
初めて見る。
星野楓の演奏らしい演奏を…生で。
あの凛とした瞳。
様々な音を紡ぎだす細長い指。
堂々とした姿勢。
あれこそが、天才と謳われるバイオリニスト、星野楓…だ。
クッと目を細めた瞬間、演奏は始まった。
「…!」
誰もが息を呑み……瞬きもせず釘付けになった。
曲に相応しい力強さ。
細やかな音がしっかりしていて…。
…なにより。
なにより、背後のオーケストラの弦楽器数名全員が。
「……!」
一人の音に完全に飲まれ、演奏をやめてしまっていた。

