「お前、足、速いなあ」 店員はすこしだけ不規則になっている呼吸の間に低い声を紡いだ。 伸びきった黒い前髪から細い目がぼんやり光る。 タチバナと書かれた名札の隅に、威嚇するような目をした彼の写真が貼られてある。 「陸上部かなんか?」 私は逃げることだけを考えていたので返事はしなかった。立ち塞がれた道を、擦り抜ける瞬間を待っていた。 「で、お前、何盗ったの?」 彼は私の手からするりとマネキュアを奪った。そして、にやりと卑しく微笑みながらそれを見る。 「似合わねぇなぁ」