「分かった、あんた吉野千里でしょ」

「あ、はい」

名前を言い当てられて驚いていると、

「私、あんたみたいなタイプ嫌い。
真面目ぶって、
何も知らないみたいな顔して、
そういう女子が一番遊んでるんだよね。
『男が勝手に寄ってくるの』とかとぼけて」

何がなんだか分からない。
突然罵られて、怖いとか、腹が立つとか、
そんな感情も起こらずに
ただ、口を半開きにして
その人を眺めていた。

「千里ちゃん?」

美術室の奥から、
パレットを持った優にいちゃんが出てくる。

「あ、あの、
今日は矢沢先輩と約束していないから、
一緒に帰ろうかと思って。
春樹も下で待ってるから……」

「そうなんだ。じゃあすぐに片付ける」

優にいちゃんは、笑顔でそう言ったあと、

「天草、千里ちゃんに何か言った?」

と、ちょっと怖い顔で言った。
いつもの大人っぽい優にいちゃんと違う、
普通の男子みたいな表情。

「何も。挨拶してただけ」

天草、と呼ばれた女の人は、
つまらなさそうな顔をして
部室の奥へ入っていた。