「止めるんだ」


聞き覚えの無い声が辺りに響いた。


俺は目を開けた。


標的の拳は俺に当たる一歩手前で止まっていた。
標的は拳を戻し、辺りを見渡した。
そして、目標を見つけたのか、一点を見つめている。
どうやら、新しい獲物を見つけたようだ。


標的は一瞬で移動した。
俺は移動した方向を見ると、一人の男が立っていた。
顔や雰囲気から考えて、20歳前半だろう。
俺は一度この男を見たことがあるが………



どこかで………
確か………
井上研究所で初めてバケモノを見た時、奴の隣に座っていた男だ。


標的は男に近づきながら、拳を男に向けたが………
拳は途中で止まった。


「止めるんだ。タツロウ君」


男は再度、標的に警告を出した。
男の言葉に答えるように、標的は拳を下げた。
その瞬間、周りの空気が和らぎ始めた。
先程までの棘のある空気が無くなったようだ。


「探したよ。さぁ、帰ろう」


男は標的に言った。標的は俺の方を見た。



「大丈夫。
君を傷つけようとする人はもう来ない」

「また………
話し合いで解決しようとするんですか」

「それが人なんだ。
君もいずれ分かる時が来る」


男は標的の頭を撫でながら言った。


「そうやって何度も失敗しているのは誰ですか………
貴方でしょ」

「人と人とが分かり合うには時間が必要なんだ。
それは君と私の関係だってそうだっただろ」


標的は男から離れ、俺と突然現れた男に背を向けながら言った。


「だから、貴方は甘いんだ。森下さん」