出会えただけで幸せなのに、隣で笑顔を見ることができて、「風が涼しいね」なんて言いながら2人でベンチに座っている。

時間はあっという間に過ぎていって、沙織が携帯で時間を確認した時には7時になっていた。

「あ、ごめんなさい。私これから予備校いかなくちゃいけないんです」

勇気は沙織が立ち上がって初めて。

幸せな時間の中で、胸の奥に引っ掛かっていた小さな寂しさの正体が分かった。

「お話できて楽しかったです。それじゃあ」

笑顔でぺこっとお辞儀をして沙織が振り返る。

「……あ」

勇気は立ち上がり、少しずつ遠くなっていく背中を見ていた。

「あの!」

勇気は思わず叫んでいた。

その声に沙織が振り向く。

「良かったらまた、一緒に話しませんか?」

沙織はしばらく勇気を見つめる。

そして笑顔で頷くのだった。


「はい、じゃあまた今度」


胸の前で小さく手を振った沙織に、勇気は目一杯に大きく手を振り返した。

遠くへいってしまう背中が前よりも近くに見えた。


でも、それはまだ掴むことができない雲みたいで。

勇気の心はふわふわとしていた。