クリスマス・ハネムーン【ML】

「……なんであんたがここに居るんだ」

 ……喉が急に渇いて。

 僕の声は、急にしわがれた。

「あの、僕らが居た繁華街から離れて……しかも。
 日本の国内でさえないのに、なんであんたが、こんな所に来るんだよ!」

 僕の封印したかった過去が。

 暴力と金。

 それと欲望にまみれて、汚れきった記憶が。

 人間の形をして、僕の前に立ちふさがっていた。


「なんで、オレがここに来たかって?
 ……違うな」

 岩井は、前から変わっていないナイロン製のような、黄色い髪をかきあげると。

 にや、と皮肉っぽく笑いやがった。

「オレじゃねぇ。
 お前が来たんだ。
 この、ケアンズは、今。
 オレのホームグラウンドだからな」

「なんだと?」

「お前が『組』を抜けて。
 どれだけの時間が過ぎて居るんだと思っているんだ、莫迦野郎!」

 岩井は、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「お前が『店』を辞めてから。
 表だっては、客が減り。
 裏では、従業員同士、派閥の均衡が崩れたあげく。
 要(かなめ)を失ってぐちゃぐちゃだ。
 商売どころ騒ぎじゃねぇ。
 ……嬉しいか?
 あの『店』は、『雪の王子』お前一人の力で保っていたんだよ!」

「……そんなものは、知らない。
 それに、僕は、ちゃんと対価を支払って、組から、正式に抜けたんだ」

 背中には、無理やり。

 黒い染みのような竜の刺青を彫られ。

 体幹部を中心に、重傷を負わされ。

 あげく。

 僕の、命よりも大事だった家族を奪われて。

 泥水が跳ね返ったような。

 汚い。

 重い。

 雪が降りしきる、クリスマスの街に捨てられた。



 それでも、まだ……



 ……まだ。



 足りない、とでも言うのか……?



 もし。

 ハニーが支えてくれていなければ。

 精神的に……いや。

 物理的にも、実際に。

 僕は『死』んでしまってたのかもしれないのに。