「失礼します」


部屋に入ってきた音羽は、いつもと違い、どこか真剣そうな表情をしていた。


「ここは・・・」


音羽が部屋を見廻す。


「ピアノ室って俺たちは呼んでるけどな」


音羽がソファに腰掛ける。


「・・・なんか用か?」


「・・・実はさっきの演奏、聴いてました」


あっさりと音羽が答える。


「・・・感想は?」


「・・・何か、焦ってますか?」


「質問に質問で答えるな」


「何か焦っているような・・・迷いのある感じがしました。だから、焦っているんですか、と訊いたんです。音は嘘をつきませんから」


音羽が強い口調で言う。


一度聴いただけで、そこまで分かるなんて・・・


音羽の耳は確かみたいだ。


やはり彼女は、音楽をやっていたのだろう。


「焦ってることはないけどな・・・」


俺はそう呟く。


少しの沈黙の後。


「・・・音を奏でられるっていうのは、とても幸せなことなんですよ・・・」


音羽がそう吐き捨てる。


表情のせいだろうか、彼女の言葉から、重みのようなものを感じた。


立ち上がって、扉に手をかける。


そのまま部屋を出て行った。