第6節:闇夜の夜


そこは、月の光りも鬱蒼と茂った樹々が悉く遮る山道で、街灯の明かりさえ闇が呑み込んでしまいそうなほどに暗い道を娘は走っていた。


暗闇の中で、樹々のざわめきと遠くに聞こえる風の唸りだけが不気味に響き渡っている。



もう・・・・・、どれくらい走っただろう?



唯一、道標となる、闇の中に浮かぶ街灯の光を頼りに、娘は走り続けていた。そこには、娘の他、誰一人歩いていない。


走る途中、靴擦れを起こし、踵の高い靴を脱ぎ捨て、裸足で走っていたが、夜明けも近くなると山道は凍りついて、一歩一歩走る度に、足には霜が食いついてくる。


救いだったのは、そこはダルタ-ニ西山脈の谷間で、ダルダとベルシナを繋ぐ、国境を越える為の唯一の路だったことだ。普段、馬車が行き来する為に、石畳で補正された道になっていたから。


既に足の感覚さえなく、その小さな白い素足には幾つもの切り傷ができ、赤い血が痛々しく足を汚していたが、しかし、傷はそんなに痛さを感じさせてはいない。胸の痛みが何よりも強く、そんな傷の痛みさえマヒさせてしまっていたから。


一人きりで走る、不安で淋しい夜道・・・・・。

寒いー。


いつか、この道をこうして走った記憶がある。それは夢だったのか、それとも現実だったのか?確かではない。それがつい昨日の事なのか、あるいは、余りにも遠い昔のような気もするが、それもまた、よくわからない。

ふと息も途切れ途切れに冷静になって考えてみるが、何故だか思い出せない。


何故、自分がこうして走っているのか、その理由さえ忘れかけている。


時々、足を休めては、何かが命令する。



『急がなければ、ベルシナへ・・・・・』



そう、急がないと・・・・・ベルシナへ。