(そういえば、とても長い間眠っていたような気がする。……そして、私、悪い夢を見ていたわ。ローレンとのお別れの夢。悪い夢だったと思っていたのに、悪夢は現実となって、目覚めた私の胸の中にはローレンからの文があるなんて、ああ、夢であってほしかったわ。だって、こんなに不自然な別れはある筈がないもの。つい昨日迄は、強く抱き合い、口付けさえ交わして愛し合っていた恋人が、このような手紙を書くわけがないもの)



信じられないような突然の別れ話し・・・・・。しかし、確かに見覚えのあるこの筆跡は、恋人がその手で書いたものだと言う事を証明している。


理由を知りたい。こんなに短い文章だけではとても理解出来ない。愛し合っているのに別れなければいけなくなった、その理由が確かにあるはず。そして、彼が望むなら駆け落ちさえ考えてもいい。娘は真剣にそう考えていた。



「ジャック・・・・・いないの?」



娘は何者かに呼びかけ、辺りを見渡し、捜したが、どうやら呼びかけた者はそこにはいないらしく、娘は急に何やら不安げな表情に代わり、突如走り出した。



庭の門を抜けると、そこは、やはり見慣れぬ風景だった。


一瞬は戸惑ったが、そう・・・・・方向は分かる。娘は西へと走って行った。


不用心に開かれたままの人形店“ジュリアンド-ル”の扉の向こうでは、荒らされた形跡は全くなく、しかし、店の奥にある古い木の棚の、ガラス戸の中にあるはずの、姫君の人形だけがこつぜんと消えている。


ガラス戸の頑丈な鍵の封印も、その中にあるガラスケースにしかけられた鍵も、開けられてはいない。そして、そこには冷たい夜風の中で咲き誇るソ-プリリアの花野だけが残っていた。


“彼女”が目覚めた証として――。


深い眠りについていたダルディは、この夜、ここ、ジュリアンドールで起こった異変に、まだ気付いてはいたかった。



それは、ある真夜中のできごとだった。