ジョウは、あの家に生まれついて、物心のついた頃からあの人形“プリンセス”を見て育ってきたが、幼い頃はダルディから聞かされていた姫君の人形の言い伝えを真剣に信じていた時もあった。


子供と言うのは単純で幸せだ。と、今では思うが・・・・・。しかし、まるで今にでも動き出してしまいそうな人形を見ていると、ジョウの頭の中では、自由に動き回るジュリアンがいつでもいるのだから、幼い頃に言い伝えを信じ切っていた気持ちが今でも潜在意識の中に残っているのかもしれない。ただ、大人になるにつれ、現実的な考えがそれを否定しようとしているのだろう。



数日前、ジョウとミサは、ジョウの祖父である人形店“ジュリアンドール”の店主、ダルディが、二人の婚約の条件である人形“プリンセス”を譲る事を承知した、その日の夜に、ベルシナの“舞踏会”では最高級の部屋と言われる、この部屋グランディオ・スイート・ルームのバルコニーで、夜風に当たりながら二人きりの時間を過ごしていた。




その時、ミサは人形の言い伝えの話題を、ジョウに持ちかけていた。


『――あのお人形が人の手に渡った時、新しいご主人様の前で人間の姿に戻れるって言うお話し・・・・・。もし、あの“プリンセス”が私たち二人の前で人間の姿になったらどうする?』



子供の頃から、あの人形に夢を見続けてきたミサの言いそうなことだ。



『そりゃあ、驚くさ。でも、それは御伽噺にでも出てきそうな作り話さ。ミサはそんな言い伝えを信じているのかい?』



ジョウは、ベルシナが誇る夜景の海を遥か眺めながら、まるで子守歌のように耳元で囁いているミサの話に耳を傾けていた。



『私は、ず~っと信じていたわ。そして私が、いつかお姫様にかけられた魔法を解いてあげたい・・・・・って思っていたわ。

悪い魔女ももうこの世界にはいないのだし、もう安心だもの。

でも、そうしたらお姫様“ジュリアン”はどうなるかしら?愛しい恋人も、もう七百年も昔に死んでしまっているのよ、可哀想・・・・・。

それならやっぱり、このままでいた方がいいのかも知れないわね』