お母様が何かを思いついたようで、パッと顔を明るくさせる。
その表情は少女のようで…とても可愛らしかった。
ほんの少し話しただけなのに、表情がくるくると変わってその度に印象も変わる。
少女のようになったり、大人びた雰囲気になったり…。
お母様の魅力が伝わってきて、余計見惚れてしまう。
『よろしければ、これを…。主人のものですけれど』
そう言って差し出されたのは…一枚の、名刺。
―――Fleur S.A(フルール) DG Gilles Chabanon(ジル・シャバノン)―――
『あ、ありがとうございます…』
『もし何かありましたら、この裏に書かれている番号にお電話下さいね。その時に御恩をお返しさせて頂きますわ』
その言葉に名刺の裏を見れば、手書きの電話番号が。
…これ、プライベートナンバーなんじゃ…。
こんな大変なもの、私なんかが頂いちゃっていいのかな…。
『あの、よろしいのですか…?私なんかが…』
『あら、息子がお世話になったのですもの。当然ですわ。あ、そうそう…あなたのお名前は…』
『久城早和、と申します』
『久城…というと、あの…。まぁまぁ。お父様によろしくお伝えくださいね』
うわ…何度見てもお母様の笑顔って綺麗…。
ぽーっと再度見惚れていると、さぁ…っと風が吹いた。
…あ。忘れてた…。
その風の中に含まれる微量な気配に、今更ながら思いだす。
その後何度も振り返りながら手を振るルカ君とお母様を見送って、ほぅ…とため息をついた。
「…怒ってる…かなぁ…」
「お怒りではありませんけれど…早和様の事をとても心配なさっています」
背後から落ち着いた女性の声が聞こえる。
くるりと振り向いて、その髪の長い、おぼろげな影に声をかけた。
「やっぱり…如月(きさらぎ)だったのね」
そういうと、夜闇に淡く蛍のように光る影が静かに微笑する。
如月は陽碧家が使役している式の一種で、風をつかさどる精霊。
如月の他にも、木火土金水、そして風をつかさどる精霊が残り11人いる。

