愁哉さんは驚いたように目を開く。
「忘れたなんて酷いです」
勿論、酷いなんて思ってはいないから冗談めかして言ったけれど。愁哉さんがいつ私を受け入れてくれたのかのかは分かりようがないけれど、場所など重要ではなかったのだろうし、それに、厳密に言えば『ここ』と特定される訳ではないのだから。
このリングを渡されたのは、婚約者となってから数日後の移動中の車内。『これを付けて下さい』と渡された小さな箱。
思わず顔を上げた時は既に愁哉さんは私から視線を外していて、何事も無かったかのように運転していた。行き場のなくなった視線を窓に預けると、シーズンを前にして綺麗にデコレーションされたツリーが煌々と光っていたのを覚えている。
見せかけだけの関係でも嬉しかった。雑誌で見るようなダイヤのエンゲージリングでなく、愁哉さんとペアになるマリッジリングの方がずっと。

